取り返しのつかない主催者の失態。(競馬コラム)

【ジョッキーの扱い方の間違い!】

先週のスプリンターズSにおける福永祐一への苦情と批判が雨あられのように叩き付けられている。それも仕方ないだろう。好スタートを切ったのに自ら下げてコケるなど枠順を考えれば新人ジョッキーでもやらない愚行なのだから。

だが、もう心配する事はない。今回の敗戦で福永祐一はジョッキーとして今まで優遇されてきた全てを失うからだ。なぜなら、今回のビッグアーサーは息子を(それも二人も)ジョッキーにしている藤岡健一調教師に誰かがお願いして彼に回してやった馬であり、藤岡健一厩舎はその見返りとして桜花賞も勝たせて貰うと言う裏のある馬だったからだ。そこまでして貰った馬を新人ジョッキーでもやらない自らのミス(正確には好スタートを切ったので未熟なジョッキーでは下げたくても下げられない)で大敗させたジョッキーなどもう恩恵を施すツテも義理も無くなるからだ。

これは根拠のない推測ではない。先ず、乗り慣れた次男を降ろしてまで高松宮記念を勝ちたいと思ったら桜花賞でミルコを起用しているツテからもミルコを乗せるのが当たり前。ところが、ビッグアーサーは過去にミルコを起用して勝てなかったので調教師としては今さらミルコに頼めない負い目があった。この負い目とは、ビッグアーサーは次男に手の適う馬として見せるためミルコを乗せた時に満足な仕上げをせず負けさせるために起用した事である。だったら、そのまま次男を乗せ続ければ良かったのだろうが、この次男も穴の先行馬しか操れない3流のため満足にビッグアーサーを勝たせる事が出来ない。高松宮記念以前の連敗がそれである。そこで、調教師として称号の必要性(息子のどちらかを後継ぎにするには厩舎に称号がなければ馬が集められないため)から「誰かさん」の勧めに従って福永祐一を起用するしかなかったのだ。もちろんこの「誰かさん」は主催者しかいない。周知のように、福永祐一が胡散臭い勝ち星を積むジョッキーである事は競馬ファンなら誰もが知っている事実。そんなジョッキーに騎乗依頼する者など「どんな事をしても勝ちたい」と言う切羽詰まった状況で主催者に泣きつく者しかいない。馬主も調教師も進んで福永に馬を任せるほどジョッキーを見る目がない訳がないからだ。そんな福永祐一に勝って貰わねばならないのは、外人や元地方ジョッキーに腕の差を見せつけられて競馬学校の存在意義が完全に薄れている主催者しかいない。何しろ、競馬学校は税金を使って専門職を養成している機関であり、一人の学生に付き年間億の経費が掛けられている。それなのに卒業生で教育に見合う活躍をしてくれているのは武豊ただ一人。その武豊も外人どころか元地方ジョッキーにも勝てないただの理論派ジョッキーなのだ。つまり、30年以上国費を使っても世界に通用するジョッキーは誰一人作っていないのであり、見方を変えれば競馬学校ほど税金の無駄遣い機関はなく、主催者は国費を貰い続けるために競馬学校出のジョッキーに活躍して貰わないと立場がないのだ。

こんな背景があるので福永祐一は、これまで異常と言えるほど優秀な馬に起用されていたのだが、周知のように馬の能力に見合う活躍は全く出来ていないどころか、逆に彼が乗った事で潰れてしまった馬の方が遥かに多くなってしまった。その上、彼があまりに馬に恵まれすぎるため他のジョッキーたちにツケが負わされ、もっとも馬に乗れないジョッキーは不幸な最期を遂げ、藤田伸二など呆れてジョッキーを辞めてしまったほど(ちなみに藤田の引退には武豊への異常な恩恵も絡んでいる)。

要するに、今回のビッグアーサーの敗戦はこの胡散臭いジョッキーに引導が渡される契機であり、いくら何でももう彼に優秀な馬が回される事は無くなる筈。ここまで我慢して恩恵を施してきた主催者の立場も、息子を降ろしてまで乗せた藤岡健一調教師の苦悩も全て無にするボンクラ騎乗だからだ。

古い競馬ファンなら彼のデビュー勝ちを覚えているだろう。スタートから後続のジョッキーが誰も競り掛けなかった中京のデビュー戦。そして、その日のうちに2勝目を挙げてマスコミが「天才の子は天才」とこれ以上ないほど持ち上げた片腹痛くなるデビュー戦である。はっきり言って、彼はあの時からほとんどジョッキーとして進歩してない。進歩したのは乗せられていた馬の能力だけ。つまり、彼にはジョッキーとしての素質がそもそも無かったのだ。それを主催者が、親の血筋で成功した武豊と言う前例に倣って恩恵を施し過ぎたため今回の新人ジョッキーでもやらない取り返しのつかないミスとして現れたのである。

しかしながら、考えてみれば福永祐一も不幸なジョッキーかもしれない。主催者が国費を受け取るために学校卒で活躍するジョッキーが必要だからと腕もないのに過分な馬に乗せられ、見る目のある人たちからは「コネ騎手。縁故王子。複勝王など」と勝てないジョッキーの代名詞にされ、彼のお陰で不遇を託ったジョッキーからは蔑視され、後輩からも敬意は持たれず、それでも国費をパクリたい主催者に利用されてきたからだ。

大本を辿れば、競馬学校を作る事によって厩舎による騎手育成を辞めさせて特定厩舎の優秀ジョッキー独占を抑え、なおかつ自らの立場を強化する事を目論んだ主催者が、ジョッキーの扱い方の点で基準を間違ったのが全ての元凶と言える。つまり、小さい時から馬に触れる機会の濃い関係者の息子たちがジョッキーとして先に結果を出しやすい事を鵜呑みにし、先ず血筋を優先する事でジョッキーを区別してしまった。本当ならレースの騎乗内容でジョッキーの実力を比較して良い馬に乗れるか否かを量らねばならないのにだ。その結果、武豊ですら海外では2軍レベルだった事が分かり、見る目のある馬主や関係者からの要望に応えるしかなくなった事で各地の名手を転入する事になり、挙句の果てにより腕のある外人ジョッキーを招くしか無くなった。つまり、実力主義であるべきジョッキーと言う職業を血筋で優劣を付けてしまったために今回のようなボンクラ騎乗を晒す事態になったのである。それも十年も前から分かっていたのにだ。

ジョッキーは干されればそれで済むが、主催者の長期に渡る失態はもう主催者だけでは取り返しのつかない所まで来ている。その好例がジョッキーの仲介業を認めた点である。仲介業者は馬主とジョッキーを繋げる役目がある訳だが、その大本はブン屋の予想家である。ブン屋の予想家にジョッキーの騎乗馬の手配を任せるなど泥棒に金庫番させてるようなモノ。排除されこそすれ、主催者がこれを認めるなど無責任なくせに口を出しては国民から軽蔑されている森元首相より愚か者と言われて当然の行為でしかない。同じ点は税金泥棒と言う事のみである。「これだから付け焼刃の対処しかしない公務員はバカの集まり」と言われるのである。

それもこれも、根本はジョッキーの扱い方を間違った長きに渡る愚行のせい。これを改めなければ今度は川田将雅が沈む事になるだろう。なぜなら、四位が干され、今回の事で福永が干されと、実力がないのに過分な称号を得たジョッキーが今の競馬学校出ジョッキーの末路なら、マカヒキと言う貰い馬でダービージョッキーになった川田こそ次の干されジョッキーの筆頭だからだ。彼はハープスターで福永よろしきの前例(凱旋門賞における最後方追走とその後の同馬潰し)まで持っているのだから!【前に乗っていたジョッキーより実力ない者がダービージョッキーになったのは彼が初めて。貰い馬でダービージョッキーなどこれ以上の過分な称号はない!】