第67回 東京新聞杯(G3)

【新4才に古馬陣が挑む変則図式】

この時期では本来なら古馬陣に上がり馬の新4才馬が挑む図式になるのが当たり前。ところが、今年の場合はこの反対の図式としか思えないのが何より異質である。

そもそもエアスピネルがこのレースに登録している事が異常であり、同馬の実績ならG3戦を2度使いすること自体がおかしな状況である。

それだけに別定戦になって京都金杯より斤量的に有利になる状況では同馬が勝ち負けするのは当たり前であり、よって問題になるのは、前走で同馬に迫ったブラックスピネルが果たして本当の実力でハナ差まで迫ったモノであるかが予想のポイントになるだろう。

正直なところ、ブラックスピネルの前走好走には驚かされた。いくらエアスピネルが重斤量だったにしても、いくら古馬陣が手薄で新4才馬が上位を席捲出来る状況だったにしても、過去のマイル戦で金杯出走馬より弱い相手に負けていた同馬が2着に来るとは思えなかったからだ。そんな同馬が果たして再びエアスピネルの相手に成れるかは常識で考えても疑問視せざるを得ない。ましてや前走鞍上が日本一の胡散臭いドライバー(福永はジョッキーではない...ジョッキーとは一度でも良いから周りの援護無しで馬を勝たせる事のできる者の称号...武豊の下手なモノマネしかできない親の名声のお陰者などジョッキーと呼ぶのは日本の恥)では尚更だろう。

よって、たとえ好走されて予想を外してもヤラセ者などを現時点で好走候補に入れるのは私の競馬信念に欠けるため・・・

◎=エアスピネル

○=プロディガルサン

▲=ロイカバード

△=ダッシングブレイズ、ヤングマンパワー

・・・とする。

もちろんブラックスピネルを高評価する人もいるだろうし、私も同馬が弱い馬だとは決して思ってはいない。ただ前走の鞍上で好走した事があまりに不可解なだけであり、もしもキチンと馬を好走させる腕を持つジョッキーが起用されればいくらでも同馬に重い印を打つつもりである。

ちなみに・・・

私が福永祐一を批判するのは、彼がここ一番で結果が出せないためジョッキーと呼ぶにはおこがましい存在だからではない。彼が存在する事で本来は肉体的に恵まれない者がスポーツマン=アスリートとして扱われる希少な競技であるジョッキーと言う職業が、単に強力な縁故さえあれば凡才でも勝てると言う間違った方向に年々進んでいるのを心配しているからである。

昔のように競馬が各地で独立して行われる公営事業であれば、彼のような競馬一家と言うべきジョッキーが活躍しても一向に悪いとは思わない。特定地域の売上向上にはそうした専業職の人材が中心とならねば運営の成り立たない面があるからには、そこを否定しては競馬そのものがなくなってしまうからだ。実際に各地の公営競馬が盛んだった小規模時代には、そうした関係者の中からしかジョッキーになろうとする者がいなかったので人材数や経費と言う問題からも血筋優先でも仕方なかった。だが、現在の中央競馬は成りたいと思う者がいれば誰でも受け入れる体制にあり、実際に藤田ナナコのような女の子でもジョッキーになれる現状にある。

もちろん学校を出ただけではジョッキーと呼ぶにはほど遠い問題はある。そもそもスポーツマンはセンスがなければ成れない職業であり、学校を出ただけジョッキーになれるシステムでレースに乗っている者と、外人や元地方・あるいは藤井勘一郎のようなジョッキーに成りたいと海外に出て行って健闘している者とでは騎乗に対する意識と精神に差が出て当然。恵まれない所からスタートせざるを得ない状況を克服して来た者が、学校を出れば免許の取れる者と一緒に乗って負ける事の方が異常だろう。この異常を武豊以上に見せているのが福永祐一であり、彼を今だに甘やかし続けている主催者とマスコミの間違ったジョッキーの扱いをしているのが一番の問題点ではあるが、それでもまだ下手な福永祐一に勝たせるような不公平な行いを続けているから彼を非難する事で「アスリートはアスリートらしく実力で他人より良い馬に乗れるように図るべし」と訴えるのである。腕に見合わない不公平な優遇は周囲のレベルを下げる事にしかならないからだ。

下手な甘やかされ者が上手いジョッキーに稀に先着するならまだしも、分不相応なほどに先着するから余計に不可解さを覚えてしまう。素直にルメールやミルコに年間300勝くらいさせれば道理に適うのに、昨年の関西など100勝を越える分不相応な者がその他大勢いるから却ってみっともないと思われたほど。

先週も根岸Sでカフジテイクが周りが止まって見えるような(過去に見せた事もない)勝ち方をしたが、鞍上が鞍上であるだけにとても馬の能力差で勝ったとは信じられない。本当に周りが止まって見えるような騎乗を他のジョッキーがしていたと考えるのが当然である。こんな愚かな発想をしてもおかしくないのが今の中央競馬のジョッキー状況であり、これこそが間違ったジョッキーの扱いであると思うからこそ、その最先端で優遇されている彼を非難するのである。日本人ジョッキーの将来的な発展を望むなら、不公平な優遇は百害あって一利なしでしかないのだから。