第51回 共同通信杯(G3)結果コラム

【武豊が作られた天才である事が丸出しになったレース】

勝ったのはムーヴザワールドと人気を分けたスワーヴリチャードで同馬の勝利には全く不思議さはない。また2着に伏兵のエトルディーニュが残った事も展開の助けを思えば一向におかしくない。2着に届かなかったムーヴザワールドも直線で馬とぶつかる事象があった事を思えば負けたと言っても巻き返しの余地は十分ある。ましてや今回は鞍上変更もあったので次走はもっと期待されるだろう。

そんな中、もう期待も何も出来ないのがエアウィンザーの掲示板にも乗れなかった敗戦で、馬の能力よりも問題なのが武豊と言うジョッキーが如何に未熟で実力がないかを丸出しにしたブザマな騎乗を東京新聞杯から続けてしまった事にある。

このレースを予想した時点ですでに鞍上の動向が確定しており、エアウィンザーに据え乗りの武豊は四位と同等の有利さを持っていた。ところが結果は兄馬エアスピネルよりひどい負け方で一切見せ場すらなかった。注目していた人も多かったはずなので道中で位置取りを下げて行く同馬の姿はよく見えたはず。たしかに馬の調子も悪かったかも知れないが、エアスピネルは笹田厩舎なのでまだしも仕上げのせいにできる面もあるが、エアウィンザーは角居厩舎なので仕上げに抜かりがあったとは到底言えないだろう。厩舎の実績からも仕上げのせいに出来ない国内一流の実績があるからだ。

つまり今回の敗戦は如何に武豊と言うジョッキーが未熟で実力がないかと言う証しであり、だから彼が世界で通用しないのだと言う事を証明するモノでしかなくなるのだ。要するに、彼の記録は全て福永祐一と同じで何かの意図があって作られたモノで、おそらく競馬学校は優秀なジョッキーを育成していると見せるため中央競馬の土台となる函館大系調教師の七人の直弟子の一人、武彦七の直系子孫である彼をマスコミを使って天才としてのイメージを作ったのだろう。何しろ競馬社会における武家は名門中の名門であり、それに比べれば福永家などたかだか戦後競馬で台頭してきた成り上がりでしかない。

騎手のセンスの良し悪しは実際になってみなければ分からないだけに主催者が既存の競馬社会で暮らしている一族を擁護するのは当然であり、またやむを得ない事柄である。馬の育成は素人では手の出せない世界であり、馬に触れる機会でも圧倒的に関係者の子弟が優っている事は動かしがたい事実だからだ。したがって今でも関係者の息子たちが新人ジョッキーになるのは過去の習慣からも当然の事である。

だが、そもそもジョッキーとはアスリートであり、関係者の子弟がジョッキーになるのは当然の事としても一般受験者が競馬学校に入るのに頭脳優先でなければいけないのはアスリートの道理に反していると言える。ジョッキーとして求められる素質は頭脳ではなく運動神経などスポーツマンとしての資質であるからだ。したがって色んな形で馬に乗る事の出来る人材を集めるのがセンスのあるジョッキーを見つける一番の方法であり、わざわざ専門教育機関を設けて門戸を狭くするのは間違っている。結局のところ学校を作った事で門戸を狭めた上に頭脳優先で実力二の次主義を取ってしまったため、トップクラスのジョッキーでさえ物足りないと気付いた馬主の要求に応じて本物のジョッキーである外人や実力でのし上がってくる元地方ジョッキーを呼ばねばならない状況に陥っているのであり、フリー化した人気ジョッキーを振り分けて騎乗させるために馬主との折り合いを付ける仲介屋と言う(騎手を意図的な勝ち負けに導きかねない)ブン屋上りの素人の介在を認めざるを得なくなり、挙句の果ては付け焼き刃のルール改正で基本的に降着を認めないルールに切り替えたものの誰もが判定基準に疑念を覚えるような事にまで至っている。

いずれにしても、もう武豊は誰も天才とは絶対に言えないだろう。これが今の中央騎手界の実力であるのを先ず素直に認め、これを是正する大きな改革を進める方向に一日も早く転換すべきだと私は考える。したがってプロと名の付くアスリートたちが幼少期からその競技に触れている現実を鑑み、騎手の教育は馬により触れる機会のある厩舎育成に戻すべきだと断言する。

作られた騎手がいくら記録を作っても苦労知らずのため国内の牡馬クラシックですら馬に恵まれてもここ一番で勝てずの者では仲間のジョッキーですら誰も尊敬されない(目標にされない)のは当然であるし、馬屋一家の超良血である祖先が武彦七の子孫ですら世界では通用しないレベルに落ちてしまうからには教育制度が間違っている事は疑いようのない事実。門戸を広げてようやく見出す事の出来るのが世界でも通用できるアスリートである事に誰も異論の余地はないはずで、そのための騎手育成には何が一番良いかを考えれば自ずと取るべき手段や導くべき道筋は決まるだろう。

主催者が成功事例を売り上げ向上だけの視点で捉えるのではなく、主催者と日本競馬会が如何なる信念を持っているかを示す事が今の競馬に求められる根本であると今回の武豊の敗戦から導き出された私の考えである。

同時にマスコミにも現実をキチンと見つめて物事やニュースを伝えて欲しいと思う。言葉を濁して口のきけない馬のせいにするのは簡単だが、人気馬の凡走には必ず人事におけるミスがあるから起こるモノであるのを一番見えているのがマスコミなのだから!